この世界が消えたあとの未来のつくりかた

予測不能な現代社会を生き抜く知的サバイバル術

写真集『After the Firebird』/Ekaterina Vasilyeva

久々に写真集を買ってしまったぜよ…。かつては物質の亡者だったが“所有”の解体と題して、物欲のおもむくままに買い集めてモノを貯め込むことをやめたのだが。いやあ、やっぱり魅惑的な視覚体験への誘いに抗うことはできず。そもそもが、いわゆる「ダミーブック」といわれる少部数のお手製フォトブックやZINEが大好物なんだが。近年とくに注目している旧ソ連圏、ロシアからのシロモノとなるとどうにも見たい気持ちをおさえきれず。気づいたら作家とコンタクトをとって国際郵便で送ってもらってた次第で。

 

なんの事前情報もなくSNSで知り合いの投稿をとおして断片的なイメージだけ幾つか拝ませていただいて、この本の存在を知ったんだが。コンタクトした後に作家本人から友達申請が来たので見てみると、共通の知人が繋がってるわ繋がってるわ。過去の写真家仲間や自分の師匠筋の人たち、さらにはベンチマークしてた写真家なんかもことごとくお友達に名を連ねているので、無名のアーティストとはいえそれなりに注目を集める写真家といって差し支えなさそうなのだ。

 

で、なんで旧ソ連圏の作品が今おもしろいのかってことなんだが。俺の映像の楽しみ方ってのは今まで目にしたことのない新しい視覚体験を追求してるところがあって。そうすると日常的に目にする機会の少ない東欧や南米・アフリカなんかの、非観光地が興味の対象として必然的に絞り込まれてくる。とくに旧ソ連圏は今でこそペレストロイカ以降のグラスノチ(情報公開)の恩恵に預かって比較的開けてきたとはいえ、まだまだ共産時代の秘密主義の名残りで不透明な部分も少なくない。とくにモスクワ以外の都市の一般市民の生活の実態なんかは未だ秘密のベールに包まれているといっても過言ではないんじゃなかろうか。

 

さっそく手元に届いた実際の本を眺めてみると、予想してたもの以上にしっかりした糸綴じの作りになってて。写真集のタイトルにもなってるFirebird(火の鳥)をかたどった栞で封がなされ、よく見ると丁寧に一つ一つカッターでくり抜いたことがわかる。肝心の本自体の紙質もこだわった形跡があり、色鮮やかな作品に見事にマッチしてるんだわ。巻末には85部の限定ナンバリングが施されている。相当に野心的なプロジェクトだったんだろう、並ならぬ作家の思い入れが感じられるダミーブックになってる。

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全編テキストがロシア語なのでネット上の英語ステートメントを確認してみると、作者のエカテリーナ自身のルーツであり、祖父母が後半生を過ごした地であるプスコフ地方の農村地帯における土着的な暮らしの風景を、当地に伝わる「火の鳥」伝説をキーにして焦点を当てた内容になっている。なんでもロシアでは「火の鳥」にまつわる逸話が多く残っていて、誕生、成長、破壊、死、そして再生を意味する崇高な存在である一方、幸福と呪いの両方を暗示する象徴でもあるという。その言葉どおり平和で静かな農村の牧歌的な日常を鮮やかに活写する一方、終始どこか不穏な空気が漂い、アニミズムを想起させる呪術的なアイコンをいくつも登場させている。

 

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ロシアの統計では過去20年間に国内で約25,000の農村地帯が消失しており、さらに同数の小さなコミュニティが近年、消滅の危機に瀕しているという。何気ない平穏な日常でさえも伝説や神話というフィルターにとおすことで劇的な物語を浮かび上がらせることができるというメッセージとともに、当地に根ざした農民たちの自然崇拝をめぐる集団的記憶の重要性を問題提起したものになっている。ちなみに彼女の祖父はシャーマン的存在であったらしく、ある種の予知能力を有していたということが書かれていた。

 

日常の小さな暮らしに大きな物語を見出すっていう形式の写真表現は、昨今の作家にとってもっともポピュラーな手法だと思う。いわゆる"情緒"を重んじる日本人フォトグラファーなんかが得意とするジャンルなんだけど。それ故に編集自体は既視感があり新しさはないのだが、エカテリーナが巧みだったのは撮影した土地固有の景観を古くから伝わる神話という"コード(符丁)"をとおして変換させることで物語中のシンボルに仕立て上げ、なおかつ深遠なメタファーを埋め込んでいる。さらには失われつつある小さなコミュニティという被写体やテーマとしての希少性が、ここで紡がれている物語とは別にドキュメンタリー作品としての性格を色濃く特徴づけているのだ。

 

詩的で静かなシークエンスの中で、まるで「意識の流れ」のように移ろいゆく数々の断片的な残像。かぎりなくパーソナルな視点からパブリックな集団幻想をあぶり出した、現代的な「私写真」群。5年にわたるフィールドワークの集大成となる作品集で、この人だからこそ可視化し得た美しくも儚い世界観なんだが、どこかM・ナイト・シャラマンあたりの映画を思い起こさせる。この作家、次回作も楽しみだわ。

 

Adiós, amigo! 

ゲンロン6 ロシア現代思想I

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  • 作者: 東浩紀,貝澤哉,乗松亨平,畠山宗明,松下隆志,アレクサンドル・ドゥーギン,アルテミー・マグーン,ベルナール・スティグレール,石田英敬,プラープダー・ユン,黒瀬陽平,速水健朗,井出明,高木刑,大森望,福冨渉,辻田真佐憲,安天,海猫沢めろん
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オネイログラフィア ―― 夢、精神分析家、芸術家

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