圧巻だった。あっさりと自分のなかの「日本一」が塗り替えられた。すべてが好みどおりの仕上がりと緻密な組み合わせの妙、そして奇をてらうことのない確かな味わいがそこにはあった。空間演出、サービス、品質どれをとってもパーフェクトで、文句のつけようがなかった…
なんの話かというと、焼き鳥である。有名店という有名店を食べ歩き、至高の焼き鳥を追求する無類の“焼き鳥”マニアである俺にとっての、「マイベスト・焼き鳥」が見事に更新されてしまった。すべてが完璧で、探し求めてきた理想の“焼き鳥”と、運命的な出会いを果たすことができたのだった。
その店は、横浜は関内にあった。以前も横浜を訪れた際に、名店と誉れ高い『里葉亭(りばてい)』で食したレビューを記事にしたが、その『里葉亭』以上に行ってみたかったのが今回のお店、『地葉(ちば)』だった。どうやら俺好みの店らしいと情報だけはなんとなく入ってきてはいたのだが、このお店の主人である地葉さんのバックグラウンドでもある『里葉亭』に先に行ってから、『地葉』に訪れてみたかった。このほど、念願叶って本命のお店に寄ることができたのだ。
店の内観からして、あきらかに熟練の左官職人の粋が凝らされたモダンな塗り壁を背景にして、高級鮨店のような白木を基調にした落ち着いた佇まい。まるで焼台を舞台にした小劇場というような趣きが凝らされた、カウンターメインの大人の空間になっている。カウンター席だけで15席ほどあるのに加え、個室が3つ。これだけのキャパがありながら、焼き手は一人。“味”と“焼き”に対する徹底した自信が感じられる店のつくりになっていた。
(『dressing』より掲載)
注文はお客がストップと言うまで次々と自動的に出てくる「おまかせ」方式。店主の地葉さんから代替わりしたであろう若い焼き手がすべてをコントロールし、切り盛りしているのだが、あきらかに客の会話やドリンク、味わい方までを見て、一人ひとりにあった流れを即興で組み立てて品を出している。若いながらに焼き手を任されるだけあり、流石はという凄みを見せつけられた。
実際に食してみると、どれも食感が計算されたサイズ、繊維の切り方になっており、口溶けにまでこだわった火入れが一品一品に施されている。これまで紹介してきた店が比較的、野趣に溢れた豪快な仕込みだったのに対して、繊細な機微を感じさせられる、とことんまで上品でいて丁寧で、洗練された仕事になっている。
たとえば、定番の「もも肉」は口の中でホロホロと解けるような感覚になるようにミルフィーユ状にカットされているし、「皮」にしても余韻ある食感を残すよう、かなり厚めにカットし串打ちされているのだ。終始、満席だったために細かに調理法を聞くことができなかったが、仕込みの段階でおそらく、“熟成”が施されているであろう部位も見受けられた。品数を経るにつれ、ここぞとばかりに「ぼんじり」や「ソリレス」などの希少部位も供された。
そしてお店の名物として挙げたいのが、「生わさび割」というドリンク。麦焼酎のソーダ割りにすりおろした高級わさびが入ったものなのだが、これがとてもクリアで清涼な味わいで焼き鳥との相性バツグンなのだ。脂っこい部位の後味の悪さもきれいに洗い流してくれる。ドリンクと焼き鳥とのマリアージュもまた絶妙で、まるで「ヨーロッパ全土の総音楽監督」とまでいわれ、神経の行き届いた完全無欠の美に彩られた音を紡ぎ続けたヘルベルト・フォン・カラヤンのように、美学が貫き通された丁寧な仕事となっている。
個人的なオススメは、「ささみ」や「レバー」など口の中で溶けてしまう内臓系、そして見事な食感が極限の黄金比的なサイズの中に凝縮された「軟骨」、そしてどこの店でもここまでの味わいに出会うことのなかった、旨みの凝縮したコリコリ食感の「ぼんじり」。そして焼き物ではないながらに、鶏の醍醐味が味わえる「手羽元の煮込み」など、隙きのない味の組み立てにただただ脱帽させられた。
如何だろう、まるで洗練された工芸品を思わせる美しい焼き物ではなかろうか。職人芸ともいえるバランスのいい串打ちの妙技、見ているだけで食欲をそそる焼き目のつき方、アクセントになっている薬味。どれもが「これぞ焼き鳥」といえる、至極の仕上がりになっている。こうして写真を再見しただけで、それぞれの味わいの記憶がまざまざと蘇る。
残念ながら座った位置からは焼き手の細かな作業を目にすることはできなかったが、適宜、炭を割りながら丁寧に火力調整を行うことで、まさに絶妙な火入れを行っており、おそらく店主にも劣らない腕前を身に付けていることはハッキリ分かった。ひとつだけ欲をいえば、とても新鮮で丁寧に処理された「レバー」を、できれば白焼きでも食してみたかった、といえば贅沢になるだろうか。
コストパフォーマンスという点でも優れており、大阪や東京都内で食べれば軽く1万円は超えるであろう内容を、良心的な価格で食すことができた。いずれにしても、ここ数年来、集中的に食べ続けてきた“焼き鳥”において、これほどの店はほかにない。自信をもって皆さんにオススメできる日本一のお店である。

- 作者: 阿部友彦,池川義輝,一氏佳樹,岩上政弘,小澤俊正,川渕克己,児玉昌彦,坂江和雄,酒巻祐史,笹谷政文,建守護,村山茂,薮内孝志,和田浜英之
- 出版社/メーカー: ナツメ社
- 発売日: 2016/04/11
- メディア: 単行本
- この商品を含むブログ (1件) を見る